VERNIERバーニア
Treasure Ⅰ 運命の出逢い

Part Ⅰ


賑やかに瞬く地上の星は、快楽と興奮を貪る者達の甘い蜜壷だった。働き蜂のように一生懸命他の星で集めた金を、惑星ピガロスの歓楽街に、彼らはせっせと運んで来る。そこにはありとあらゆる快楽があった。酒に賭博、女に麻薬……。欲すれば手に入らない物など何一つない。そこでは合法も非合法もなく、あるのはただ金と密約と実力のみ。自堕落でふしだらで朽ちて乾いた心の塵灰がへばり付く、虚空とコンクリートに満ちた街……。

気づけばまた彼はここへ来ていた。けばけばしい電飾とエキサイティングな音楽と賭け事に興じる男女……。あらゆる電子ゲーム機が並ぶ巨大なゲームセンターに……。小柄で銀と黒を基調にしたスペースジャケットを着た彼は、ちょっと見には十代の少年のように見えた。が、何処か不敵な笑みを浮かべたような表情と落ち着いた物腰とが、場数を踏んで来た者の威厳を感じさせた。

モニターの中では様々な光が点滅し、下卑たキャラクターが客引きをしていた。それは、時にセクシーな美女だったり、筋肉質な男の姿であったりもした。彼はぼんやりとそれらをやり過ごしながら、モニターに映る自分自身を見つめた。長い黒髪に黒い瞳。髪留めにしている赤い繻子の先では赤い小さな実が二つ、違うリズムで揺れている。不規則な光の点滅が何を表しているのか彼にはよくわかっていた。次に何をすればいいのか、そのすべての順列と組み合わせを彼は把握していた。
「ちっ! どうなっちまってるんだ? ポンコツめ!」
悪態をつき、機械を蹴飛ばす者がいた。女だ。やや縮れ毛の金褐色の髪はショートで、黒いスペースジャケットに黄金と朱色の飾り文字が、曲線状にアレンジされている。深みのあるブラウンの瞳。そして、引き締まったボディーラインが見事だった。
「素敵だ……」
そんな彼女の背後に立つと彼はその豊かなヒップに目を奪われた。
「おしりちゃんだ……」
彼が呟く。だが、すっかり熱くなっている女の耳には届かない。
「くそっ! 何で開かねえんだ? ロックはぶち壊したってのに……」
モニターを睨んだまま何度もトリガーを引いているその手に自分の手を重ね、照準をずらす男。

「何しやがる?」
女が怒鳴る。発射されたビームは的から外れ、壁に掛けられた飾りのレリーフに当たって散った。
「見ててごらん。扉が開くよ」
彼が言った。
「何?」
モニターに移した視線が捉えたものは……。黒い梟の瞳が緑色に光り、くるりと逆さまになるとカチリとその下の扉のロックが解除された。
「ちっ! こんな仕掛けになっていたのか……。それにしても何故知ってる?」
「僕が作ったから……」
「でたらめ言うな!」
「ほんとだよ。ねえ、君のおしりってとっても魅力的……触りたくなっちゃう」
そう言うと彼は右手でそこにタッチした。
「貴様っ! 殺されたいか!」
彼女が腕を振り上げる。
「うーん。素敵な感触だ。できればもう少しお近づきに……」
彼は両手で掴むと強引に引き寄せようとした。
「ふざけるな! この変態野郎!」
彼女が叫ぶ。と、その顔面にライトが当たる。眩しさで一瞬目を閉じる。

と、前方から数人の男達が来て言った。
「ダイアナ オーグレイだな? 銀河系刑事法に基づき、複数惑星間に渡る殺人及び強盗、謀略、逃亡の容疑で逮捕する」
「けっ! ここは自由の星じゃなかったのかよ?」
「自由さ。この星でなら何をしようと……。だが、他所の惑星にはそれぞれの事情ってのがあるからな。犯罪人を引き渡せと言われれば引き渡さない理由もない」
制服の男はにたりと笑んだ。
「ふん。気に入らないね。ならば、捕まる訳にはいかないよ。あたしにはまだやらなきゃいけないことがあるんだ」
そう言うと彼女はブレスレットのピンを抜くと目の前に突き出した。閃光が周囲に広がる。目を眩ませると、その隙にダナはくるりと背を向け駆け出そうとした。が、誰かがしっかりと彼女の腰にしがみついている。
「放せ!」
「いやだよ。僕のおしり……」
さっきの男だった。

「くそっ! こんな時に……! すぐ放せ! ただちに放せ! でないとぶっ殺すぞ」
銃を突きつけて彼女が凄む。
「怖くないよ。今、眩しくて何も見えないから……」
「こいつ……」
彼女はいらいらした。その間にせっかく放った光が消え始めている。
「仕方がねえ。許せ」
言うと彼女は引き金に掛けた指に力を込めた。と、その時、
「僕、決めた! ずっとおしりちゃんと一緒にいる」
「何?」
うろたえる彼女のことなどお構いなしに彼はさっとダナを抱えると脱兎のごとく駆け出した。
「何をする? 貴様っ! 放せ!」
彼女がもがく。が、彼が軽く触れているだけの手を解くことができなかった。
「放せ」
「駄目だよ。今放したら捕まっちゃうでしょ?」
「し、しかし……」
「おしりちゃんといられて僕は幸せ……」
くすくすと笑いながら言う彼の顔は無邪気そのものだった。

(ははん。こいつ、可哀想に頭の方がいかれちまってるんだな。いい顔してんのに……)
彼女はつくづくその男の顔を見つめた。
「あは。そんなに見つめちゃって可愛い。僕のことが好き? うれしいな。おしりちゃんに好かれるなんて……」
走るスピードが落ちて、ネオンの明るさがはっきりしてきた。
「誰が! あたしはただあんたのことが可哀想だと思って見てただけだよ」
「可哀想? そう。僕は可哀想なんだ。だから、僕には君が必要なんだよ」
と言ってそっと彼女を下ろす。が、その手はまだ尻に密着している。
「貴様っ! いい加減に……」
その時、前方からいきなり何かが発射された。それは金属でできた網だった。それが唐突に彼らの眼前で広がり、二人を包んだ。そして、それには微細な電流が流れており、抵抗すれば容赦なく衝撃が伝わる。
「くそっ! 放せ!」
彼女が喚く。が、抵抗も空しく彼らは共に捕えられてしまった。


冷たいコンクリートの部屋。厚い扉の中程に付いた覗き窓から漏れる明かりがその部屋の唯一の光だった。二人の男女は電磁手錠を掛けられ、そこに転がされていた。
「う……ん……」
水滴が男の頬に当たる。彼は静かに目を開けると視界いっぱいに広がっているそれを見て呟いた。
「ふふ。おしりちゃんのおしりだ」
彼らは体を密着させてくの字に曲がって狭い部屋に押し込められていた。
「ん? ここは何処だ?」
ダナが目を覚まして言った。
「僕達のための愛の巣箱」
彼の言葉に彼女はキレた。
「ふざけるな!」
そして、勢いよく立ち上がろうとして手足を拘束されていることに気づいた。
「くそっ!」
彼女は何とか半身を起こしてもがくが後ろ手に電磁手錠を掛けられていてはどうにもならない。

「ふふ。おしりちゃんのおしりってほんとに可愛い……。ぷるぷる震えてる」
彼の眼前で必死に拘束を解こうともがいていた彼女が振り向く。と、彼は横たわったまま、彼女のヒップを見つめてうっとりしていた。
「貴様っ! そんなにあたしの尻が好きなら、その顔を尻で踏み潰してやるぞ」
「いいよ。君のおしり大きくてぷくっとしてて可愛いもの。きっと弾力があるんだと思うの」
と顔をすり寄せる。
「くっ! 二度とそんな口が利けないように潰してやる!」
と、彼女は尻を持ち上げ、彼の顔面を狙った。が、男はくるりと一回転してそれをかわすと笑いながら言った。
「いいね。ますますもって気に入った。ねえ、僕と一緒に旅をしようよ」
そう言って彼は手錠を掛けられている手をごそごそ動かしている。

「何で貴様と!」
背中を向けたまま彼女が叫ぶ。そんなダナの横顔を覗き込んで男が言った。
「独りでは寂し過ぎるから……」
その唇が頬に触れそうになっているのに気づいてダナが身をよじってかわす。
「放っとけ! あたしは独りの方が性に合うんだ」
しかし、男も更ににじり寄って囁く。
「そんなのわからないよ。二人で過ごしたら、きっと君だってその方がよくなると思うよ」
と笑う。
「有り得ない」
彼女はきっぱりと言った。しかし、彼も諦めない。
「有り得るさ。君はきっと僕から離れられなくなる。この素敵な電磁手錠のように……」
そう言って彼はガチャリとその拘束を解いた。そして、その手を広げ、彼女に迫った。

「き、貴様……何を……!」
思わず後ずさる彼女の肩を抱いてその頬にキスする。
「何もしないよ。僕はこう見えても紳士なんだ。女の子には親切にしないと……」
そう言って彼は自分の足にかせられた拘束も解いた。
「おい、貴様、そんなことが出来るならあたしの拘束も解けよ」
とダナが言った。
「そうだね。けど、ちょっと待って。すぐにこれを完成させてしまうから……」
そうして彼は外した手錠の部品をばらすと何かを組み立て始めた。
「おい、何をやってる? 説明しろ」
そんな彼を見てダナがせっつく。
「おもちゃ……」
彼は楽しそうに笑っている。
「おもちゃだと……? 訳わかんねえ」
彼女がぼそりと呟いた。周囲はしんと静まり返っていた。が、時折サーチライトのような青い光が差し込んでくる。が、彼は絶妙にその光が当たらない場所で作業を続けていた。

「うーん。これは……君のあれを借りるしかないかな」
「あれとは何だ?」
「君が身に着けているもの」
そう言って彼は笑って近づいた。そして、ダナを抱えるとくるりと反転させ、その首筋から右腕を突っ込んだ。
「貴様、何を……!」
「あった! 僕が求めていたもの」
そう言って彼が取り出した物は……ブラジャーだった。
「うーん。温かい。君の愛のフェロモンが染みこんでいるね」
と、眼前に広げて言う彼。
「そいつで首を絞めてやろうか!」
噛み付きそうな勢いで彼女が迫る。と、彼は笑ってそれをひらひらさせて言った。
「あはは。ジョークだよ。僕が欲しかったのはこれさ」
彼が示したのは形を整えるために布に埋め込んである細い合成金属だった。彼はそれの一部を剥がすとブラジャーを彼女に返した。そして、抜き取った金属の先で電磁手錠に細工している。
「ちっ!」
膝の上に落ちたブラジャーを見て彼女は舌打ちした。

「ああ、この作業が済んだらすぐにちゃんと着けてあげるから、それまで待っててね、僕の可愛い、おしりちゃん」
「貴様……」
重ね重ねの屈辱に彼女はぎりぎりと歯軋りした。
「あれ? 部品が足りないや。やっぱり君のも貸して」
そう言うと彼はダナの手錠も容易く解くとすぐに分解し始めた。
(こいつ……ただ者じゃねえ)
「どうやってロックを外した? 貴様一体何者だ?」
自由になった手をゴキゴキと鳴らしながら彼女は床に落ちたブラジャーを拾うことも忘れ、じっと男を見つめた。
「僕? 僕はこの宇宙のすべての女性に愛を届ける者……」
「ちがう! おまえの名前だ」
「好きなように呼んでくれ。僕は固有名詞を持たない」
「変わった奴だな」

僅かに射した光に透かし、彼は剥き出しの小さな機械の塊を見て微笑んだ。
「出来た」
彼がそれを持って立ち上がる。
「何が?」
ダナが見上げる。
「レーザービーム」
「それが?」
彼女は半信半疑だった。しかし、彼が一本のピンを外すと細いレーザーの光が現れた。それを頑丈な扉のノブに当てる。すると、その外装部分が外れた。そして、その中に仕込まれた複雑な機械部分が露出する。
(何なんだ? こいつは……)
ダナはごくりと唾を飲んで彼の手元を見つめた。それは複雑なパズルを解いていくように何枚も重なっている数字や歯車を解除していく高度な作業だった。にも関わらず、彼はまるで躊躇することなく、スムーズにやり遂げていった。

「何か簡単過ぎて面白くないね」
彼は最後の一枚の金属片をピンと弾いて言った。
「面白くないって……。おまえ、さっきから何をやって……」
「あれ? 見てわからない? 鍵を解除してたんだけど……。この部屋は愛の巣箱にするにはちょっと塗装が地味だし、僕達の愛を育てるにはもっと自由が必要だからね」
「レーザービームには見えないが……」
「そうだね。レーザービームというよりは電磁メス。と言いたいところだけど、手錠に使われている電磁波は弱過ぎてせいぜい電磁ドライバーのレベルにしかならないんだ。だから、それをちょっと改造してメスとドライバーをミックスしたような物を作ってみたんだよ。あとはロックに搭載されていたアルゴリズムを解析すれば簡単なことさ」
「ちっともわかんねえ」
彼女は座ったまま男を見上げた。
「それじゃ行こうか、おしりちゃん。こんな所に長居は無用だ。今度こそ本物の愛の巣へ……」
「ふざけるな! っつーか、早くこの足かせを外せ」
彼女が怒鳴る。
「しっ! そんな大声を出したら人が来るだろ?」
言われて彼女も大人しくした。

彼はダナの足かせを外すとさり気なく辺りを見回し、彼女の足元に落ちていたブラジャーを拾って言った。
「忘れ物って言いたいところだけど、これ、僕がもらっておいてもいいかな?」
「何だと! この変態め!」
「あとで何倍も素敵な君専用のブラジャーに僕がなってあげるからさ」
「許せん……!」
掴みかかろうとする彼女の手をくぐって男はさっと扉を開けた。
「な……!」
いきなり通路に満ちた冷たい空気が流れ込んで来る。
「おしりちゃん、早く!」
彼はもう通路へと駆け出していた。彼女も慌てて飛び出す。が、彼の襟足にゆらゆら揺れる二つの胸の形を見て彼女の走るスピードが増した。
「あたしのブラを襟巻きにしやがって……! 返せ! この変態下着泥棒め!」
石で出来たその通路に声が響いた。それでなくとも、先程から赤外線センサーが反応してしきりに警報音を立てている。
(この男、慎重なようでセンサーのことなど気にしていない。ほんとに馬鹿なのか、それとも……)
追いつくと男は微笑していた。前方からは賑やかな足音が響いている。

「悪いね。これ、使わせてもらうよ」
男は楽しそうに言うとさっと首に巻いていたブラジャーを取ると前方に放った。そして、同時に駆けつけて来た警備員達の眼前で彼は先程、電磁手錠を改造して作ったレーザーを撃った。その光に焼かれ、ブラジャーがちりちりと焦げる。
「な、何だ?」
殺到して来た警備員達が狼狽してそれを見つめる。
「伏せろ! 爆弾だ!」
男が叫んだ。
「何?」
咄嗟に伏せようとする警備員達を横目に見て、彼はダナを左手で抱え、床を蹴った。それからかがんでいた警備員達の頭上を跳び越え、そのまま通路を駆け抜けた。背中に向けて何発かの銃弾やレーザーが発射されたが、彼の動きの方が数倍早かった。
(ほんとに何なんだ、こいつは……。人間じゃないのか……?)
抱えられたままダナは思った。
(だが、こいつも同じ……。宇宙の臭いがする……。身体の芯まで染み込んじまった、取り返しのつかない悲しみと絶望の臭いが……)


「僕はアイスクリームが食べたいな」
薄汚れた裏通りをのんびり歩きながら男が言った。
「ほら、そこの屋台でソフトクリーム売ってる。僕はチョコとイチゴクリームのミックス。おしりちゃんは?」
「下痢ピーになっても知らねえぞ。あれ、川の水で作ってるんだぜ」
ダナが言った。
「え? そうなの? よかった。僕、そういうのって免疫なくてさ」
と首を竦める。
「それじゃ、何処へ行こうか? ロマンティックな映画観て、遊園地で遊んで、それからベッド付き個室有りのレストランで……」
「黙れ! 何時連中が追って来るかしれやしれねえんだぞ。そんな暇あるか!」
二人は宇宙港の裏手に来ていた。
「それじゃ決まりだ。僕の宇宙船で愛の逃避行としゃれ込もう」
そう言って男はずらりと並んだ宇宙船の専用ドックの外れへと急いだ。
「あんたと一緒ってのは気に食わないが、今捕まる訳には行かないんでね。同行させてもらうよ。っていうか、何だ? あれは……」

連れて来られたスペースドックには得体の知れない物が停泊していた。
「これが僕の宇宙船。『キッシングラバー』号さ。ようこそ僕の船へ。歓迎するよ、おしりちゃん」
「キッシングラバー号だって……?」
名前も恥ずかしければ塗装も尋常とは思えない派手なピンクだった。
「やっぱりいい。あたしは独りで生きることにした」
くるりと踵を返して立ち去ろうとする彼女の尻にタッチして彼が言った。
「ここまで来たんだ。それはないだろ? おしりちゃん。僕は君が気に入ったんだ」
「おあいにく様。あたしはあんたが気に入らないんでね。この話はご破算ということで……バイ」
そう言って行こうとする彼女の前に立ちはだかると男が言った。
「いやだよ。僕は決めたんだ。おしりちゃんは僕と一緒にいるってね」
彼はさっと彼女を抱えて走り出した。
「放せ! この野郎! ぶっ殺すぞ」
彼女が喚く。が、その時、空港の緊急警報が鳴り響いた。サーチライトの光が彼らを照らす。
「待て!」
ロボット警備が威嚇する。が、彼は船のハッチに飛び込むと猛ダッシュしてコクピットに滑り込んだ。そして、強行突破の緊急発進。隣接したドックの屋根が壊れ、ロボットや人間の警備員達がその風圧で吹き飛ばされたが、そんなことを気にしている余裕はなかった。


「ふう。助かったね、おしりちゃん。僕達ってとっても運がいいんじゃないかしら」
成層圏を越えて、衛星軌道まで行くと男が操縦席から振り返って言った。
「どうだかね。まだピガロスの衛星軌道から出ていないんだし……」
ダナは周囲を見回して言った。
「それにしても船の中でもピンクだんて、頭がおかしくなりそうだ」
「え? そうかな? ピンクっていいんだよ。幸せな気分になれるって占いの本に書いてあったもの」
「ああ。知ってる。頭がハッピーになるんだろ? あんたみたいに……」
「うん。僕、とってもハッピー。おしりちゃんに会えたし」
「その呼び方はよせ」
「あれ? どうして? 君はおしりちゃんって呼ばれるの嫌い?」
「ああ。大っ嫌いだ!」
「ふうん。僕は好きだけど……それじゃ、これからもおしりちゃんって呼ぶね」
「やっぱ殺す!」
そう彼女が息巻いた時、エマージェンシーの警報と赤いランプが点滅した。

「何だ?」
彼女が訊いた。
「あれれ? 何故か燃料が足りなくなったみたい」
「何だと?」
ダナが目を剥いて計器のチェックを始めた。
「まずいじゃないか。このままじゃ落ちるぞ」
「そうだね」
彼はのんびりと言う。
「早く何処か適当な所に着陸して燃料を調達しないと」
「それに君のブラジャーもね」
「貴様……」
「僕はずっとノーブラの方が見ててうれしいけど……」
「2度死んでもらう」
そんな馬鹿げた会話をしているうちに船の高度がどんどん落ちていた。
「いかん。このままではほんとにヤバイぞ」
ガス雲を抜け、陸地が見えた。宇宙港の周囲は改造が進んでいるが、そこから僅か50キロも離れれば、惑星ピガロスの未開の森が広がっている。その森の方へ機体は傾いていた。

「おい、待て! あんな何もない所に落ちたんじゃ燃料が手に入らねえぞ」
「大丈夫。見て、あそこに建物がある。それに船も……。あそこで燃料を分けてもらおう」
操縦していた男が言った。
森の奥に灰色のビルが建っていた。その周囲には高い塀と高圧線が張り巡らされている。そして、その少し脇には専用の離着床らしき物が……。そこには小型の宇宙船が一機と大気圏内を飛ぶための専用機が止めてあった。
「気に入らないな」
ダナは胸騒ぎを覚えた。
「ありゃあ、ただの建物じゃないぞ」
「でも、燃料はありそうだよ」
そして、彼は着陸準備に掛かった。燃料が不足気味だといっても他に損傷している訳ではない。十分に静かな着陸も出来た筈だ。が、何故か機体は滑走路から数十メートルもオーバーランし、不安定に傾いた機体はバランスを失してガタガタといろんな物に接触しつつ、建物に突っ込んでようやく停まった。

「貴様! 何て下手な操縦をしやがる! もう少しで機体がばらばらになるところだったぞ」
ダナが怒鳴った。
「いいじゃない。みんな無事だったんだし……。あれ? あの人……」
船が突っ込んだせいでコンクリートの建物がほぼ半壊していた。砕け散った壁や天井がばらばらと落ちている。大型の銃を持った男がその下敷きになって倒れていた。が、彼が気に止めたのはその男ではない。その先の椅子に縛りつけられていた女の方だった。女は灰色の囚人服を着せられ、アイマスクを付けていた。周囲には厚い灰色の壁と頑丈な鉄格子がはめられている。
「ここは……死刑執行場か」
ダナは愕然として呟いた。が、操縦席の男は明るくはしゃいだ声で言った。
「すごーい! 大きい! 彼女……まさしくお胸ちゃんだ」